氷川瓏&柳柊二版『マラコット深海』
先日、コナン・ドイルの『マラコット深海』について紹介しました。
異世界間の結婚問題『マラコット深海の謎』
https://sfklubo.net/the_maracot_deep/
そこでは大西尹明版と野田開作版を読み比べました。
この作品は今では絶版となって忘れられたかのようですが、以前はかなり人気作だったようで、色々な方が訳されたバージョンがあります。
当時は少年少女を対象とした学習雑誌の付録に名作ダイジェストが着くという素晴らしい習慣があったようで、そういった別冊でも幾つか紹介されていたようです。
そんな中、埋もれさせるにはあまりにももったいないと思われるバージョンが、氷川瓏&柳柊二版『マラコット深海』です。
これは小学館の名作アンソロジー全集に収録されていたものですが、非常に豪華なカラー挿絵が特筆されます。
↑箱の中の本体に紙カバーがかかっています。当時の本は丁寧に作られていますね。
まず、今回読んだ版の文字数をチェックしてみます。
1963年
マラコット深海
大西尹明・訳
カバー装画 S.D.G 藤沢友一
創元推理文庫
43字×18行×1段×174頁=134,676字
1963年
マラコット深海の謎(『地球最後の日』に収録)
野田開作・訳
装丁・杉浦範茂 絵・依光隆
偕成社世界推理・科学名作全集16
22字×14行×2段×180頁=110,880字
1971年
マラコット深海(『ワイドカラー版 少年少女世界の名作〈5〉』に収録)
氷川瓏・訳 絵・柳柊二
小学館ワイドカラー版 少年少女世界の名作〈5〉 イギリス編3
30字×22行×2段×96頁=126,720字
もちろんこれは文字を最大限詰め込んだ計算であって、挿絵や改行が入ると違ってきます。
完訳の文庫版が情報量が多いのは当然のことです。
氷川瓏&柳柊二版『マラコット深海』訳者の氷川瓏はれっきとしたミステリー作家です。氏はまた江戸川乱歩名義で作品の翻案を行っていたと言われ、その文章は格調高くサスペンスに満ちています。
同じ小学館のシリーズの別の巻に氷川瓏が訳した『ルコック探偵尾行命令』が収録されており、読んだことあります。膨大な原作を簡にして要を得て訳した名訳だと思いました。
“ルコック探偵尾行命令(ネタばれ注意!)”
https://diletanto.hateblo.jp/entry/20120106/p1
このHPを運営するに当たって私は少年少女向けリライトを読んできました。
亀山龍樹さんや野田開作さんをリライトのレジェンドと読んで高く評価してきましたが、氷川瓏も正真正銘のレジェンドだと思います。
これらのレジェンドは作家としての実力もあり、原作を咀嚼消化した上で自分の言葉で再構築しているところが名訳たるゆえんでしょう。
子ども向けのリライトも立派な仕事なのです。
さてこの氷川版、子ども向けに冗長な部分をざっくり省いて骨子だけ再構築して、非常に読みやすくなっています。
野田開作版のような大きな改変はなく、原作に忠実です。
ただ一点、原作に追加した記述があります。
最後のマラコット博士とバアル・シーパの対決でマラコット博士が勝った後、海底王国ではアトランティス人とギリシア人との間にある差別をなくす法律が成立します。
そしてバーブリックスの赤ん坊は両親に返され、混血児を生け贄にすることもなくなる、ということです。
確かに原作ではこれらの件が尻切れトンボに終わっていた感があります。
氷川瓏の補筆によって未解決の問題が解決されたわけです。
またこの版には柳柊二の豪華な挿絵がダイナミックに入っていて強烈な印象を残します。
ただ、深海生物の怪物的描写に比べると、バアル・シーパが少々小悪党風でインパクトに欠ける気がします。
野田開作(偕成社)版の依光隆の挿絵の文字通り巨大な怪物と比べてみるのも興味深いでしょう。
ところで、マラコット博士一行はレビゲン・ガスを詰めたガラス玉に乗って海底から浮上します。
浮上したところを待ち受けていた船に救出してもらうという方法です。
しかし、そんなにうまいこといくのでしょうか。
真っすぐ上に浮かぶのでしょうか。
海流に流されて遠い地点に運ばれるということはないのでしょうか。
例えば、地上で風船を話しても真っすぐ上に上がっていきません。
風に飛ばされて横にずれますね。
それに、こんな成功するかどうか分からない方法なのに、まず一番目にモウナが出てきます。
アトランティスの王女をテストケースとするのは英国紳士としてどうなのか。
この氷川瓏&柳柊二版『マラコット深海』、文章も挿絵も素晴らしいので今から本作品を読まれる方がいらっしゃいましたら、お勧めします。
発行年も比較的新しいのでネット上では比較的安価に入手できるようです。
また、各地の図書館でも所蔵されている確率は高いと思います。
ところで私は当HPで亀山龍樹さんの翻訳を高く評価してきましたが、何と亀山龍樹さんも本作品を翻訳しているようです。
1970年
海底の古代帝国
亀山竜樹・訳 斎藤寿夫・絵
集英社ジュニア版世界のSF14
少年少女向けリライトのレジェンドが揃い踏みです。
この亀山版もいつか読んでみたいと思っております。
編集後記&参照リンク集&コメントコーナーなど
↑ご意見ご感想お寄せ下さい
【トップページに戻る】
20世紀少年少女SFクラブ
【ブログもやってます】
◎SF KidなWeblog
◆快眠・早起き朝活・健康生活ブログ
☆少年少女・ネタバレ談話室(新)(ネタバレ注意!)
【Twitterもやってます】
★市井學人(20世紀少年少女SFクラブ)