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異世界間の結婚問題 『マラコット深海の謎』

【あらすじ】
 マラコット博士以下助手のヘッドリー、技士のスキャンランは潜水機に乗り込んでマラコット海溝の調査に向かいます。この潜水機というのは潜水艦ではありません。船から吊り下げて潜るのであります。自走能力はないので動きは母船のストラドフォード号頼りです。当時の技術ではそれが限界であります。
 ところが調査中、ザリガニのような怪生物に襲われ、海底に落下してしまいます。二酸化炭素中毒で意識が朦朧としてあわやという時、窓の外に人影が!果たしてこの人影は夢か幻か!?そして三人はアトランティスの末裔が住む海底都市に案内され、数々の冒険に巻き込まれるのであった!!

【感想:コナン・ドイルのSFヒーロー!陸のチャレンジャー教授・海のマラコット博士!!】

 コナン・ドイルのSF作品(1929年)ですが、本作品に登場するのはチャレンジャー教授ではなくマラコット博士です。
 早川書房の世界SF全集3 ドイル編の解説で福島正実さんは
「陸のチャレンジャー教授に相当する海洋学者マラコット博士を創造している」
と書かれています。
 よく言われることですが、ドイルはなぜチャレンジャー教授ではなく新たなキャラを捜索したのでしょうか。
 これは私の考えですが、強烈なチャレンジャー教授一行のキャラに当てて描くと物語のバランスが良くないと思ったからでは?
 舞台設定に合わせて新たにキャラを創造したのではと思います。
 ジュール・ヴェルヌは新たな作品を描く際、極力キャラの使い回しはせずに新たなキャラを創造しています。
 ドイルもヴェルヌ方式で描いたのではないでしょうか。
 それに『霧の国』(1926年)では既にサマリー教授は無くなってチャレンジャー教授も引退生活を送っているという設定だということだし。
 マローン君もいい歳になっているだろうし。

 作品は海底に海底都市があり冒険するという物語の定番の様式です。
 いかにもディズニー映画になりそうな、今まで何度も映画化されていそうな雰囲気なのですが、意外と映画化はないようです。
 しかし似たような設定の物語は色々ありそうです。
 有名なウルトラセブン「ノンマルトの使者」もそうだと言えませんか?
 私は『緯度0大作戦』を思い出しました。

 本書の完訳版では、前半が行方不明になったヘッドリーの手記ということになっています。
 まるで主人公達の死を示唆するかのような始まりです。
 それは私にとってトラウマになった映画『ディアトロフ・インシデント』を思い出す始まりです。
 3人は死亡して帰ってこないんだなと思って読んでいたら、いきなり帰還していて、後半は帰還後にヘッドリーが語る内容となっています。
 これじゃ『シャーロック・ホームズの生還』ならぬ『マラコット一行の生還』です。
 残酷なようでも一行が帰って来るよりも、生還に失敗してその後は海底都市で生きていくことを示唆する終わり方の方が余韻が残っていいのではと思ってしまいました。
 しかし、海底のアトランティス人は高度な科学文明を持っているのだから、その文明を使えば地上に戻ることが可能なのは当然のような気がします。
(それではなぜアトランティス人は地上に戻らないのかというと、完訳版ではその辺うやむやなのですが、野田開作版では、過去への反省から地上には戻らないという説明がなされています。)

 本作品の戦後の翻訳を調べられた限り、挙げておきます。

1957年
マラコット深海・ゴードン・ピムの冒険
 大西尹明 ・訳
  東京創元社 世界大ロマン全集〈第16巻〉

1958年
海底人間
 野田開作・訳
  偕成社名作冒険全集21
 装丁 沢田重隆 カバー絵・口絵・さし絵 岩井泰三
  http://blog.livedoor.jp/bsi2211/archives/51123481.html

1958年
マラコット深海の海底王国 中学時代シリーズ3
 白木茂・訳
  旺文社・中学時代一年生6月号第三付録
   https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/c846342364
   https://twitter.com/nawokikarasawa/status/890924542109007872

1959年
海底人間
 小坂靖博・漫画
  トモブック社
   http://blog.livedoor.jp/bsi2211/archives/51295784.html

1959年
海底都市アトランチス 中学生宇宙文庫
 北川幸比古・訳
  小学館・中学生の友2年1959-03
   http://mysterydata.web.fc2.com/GF/EW/GF_EW_to.html

1960年
海底王国のひみつ
 白柳美彦・訳
  岩崎書店 ドイル冒険・探偵名作全集9
 挿絵 山内修一
  http://blog.livedoor.jp/bsi2211/archives/51124933.html

1962年
マラコット海淵
 斎藤伯好・訳
  ハヤカワ・SF・シリーズ
   マラコット海淵 (1962年) (ハヤカワ・SF・シリーズ)

1963年
マラコット深海【※】
 大西尹明・訳
  創元推理文庫
 カバー装画 S.D.G 藤沢友一

1963年
マラコット深海の謎(『地球最後の日』に収録)【※】
 野田開作・訳
  偕成社世界推理・科学名作全集16
 装丁・杉浦範茂 絵・依光隆

1967年
マラコット深海 中一文庫
 中島河太郎・訳
  旺文社・中一時代10月号
   https://www.kosho.or.jp/products/detail.php?product_id=77901086

1970年
海底の古代帝国
 亀山竜樹・訳 斎藤寿夫・絵
  集英社ジュニア版世界のSF14
   https://plaza.rakuten.co.jp/nobfuzinami/diary/202102180002/

1971年
マラコット深海(『ワイドカラー版 少年少女世界の名作〈5〉』に収録)
 氷川瓏・訳
  小学館ワイドカラー版 少年少女世界の名作〈5〉 イギリス編3
 絵・柳柊二
  https://sfklubo.net/yanagishuji/
  

1972年
マラコット深海 中一ロマンブック
 中島河太郎・訳 金森達・絵
  旺文社・中一時代2月号
   https://www.kosho.or.jp/products/detail.php?product_id=248295193

1976年?
うみの そこの 大きな 町(『二年生のくうそうかがくものがたり』に収録)
 藤原一生・文
  集英社二年生の学級文庫17
 伊藤悌夫・絵
  http://blog.livedoor.jp/bsi2211/archives/51125753.html
   二年生のくうそうかがくものがたり (二年生の学級文庫)

1978年
マラコット深海
 桑田次郎・漫画
  主婦の友社 TOMOコミックス 名作ミステリー17

  私は今回、上のリストで【※】を付けた、完訳版の大西尹明版(創元推理文庫)と少年少女向け抄訳版(野田開作訳、偕成社)で読み比べてみました。
 偕成社版は『地球最後の日(毒ガス帯)』とのカップリングです。
 この作品が子ども向けに抄訳されていたとは素敵なことです。
 野田開作さんの文章は切れとスピードがあって一気に読ませます。
 それは『グラント船長の子ども達』で野田版を読んだ時も思いました。
 私は野田開作さんは亀山龍樹さんと並ぶ少年少女向け抄訳のレジェンドかと思います。
 本作も非常に読みやすく一気に読ませます。
 ただ、少年少女向け抄訳の特長として、少々の改変があります。
 まず、記述が三人称形式となっています。それは『地球最後の日(毒ガス帯)』でも同じでした。
 一番目立つのは、悪神パール・シーバとの戦いは少々単純化されて、そのため賢者ウォーダは登場しません。
 まあ少年少女向けには仕方のない改変かと思われます。

 それより一番重要なのは、マンダの娘・モウナが地上に行かずに海底に留まったということです。
 モウナはヘッドリーと恋愛関係になり、原作ではヘッドリーと共に地上にやって来ます。
 これは海外結婚どころではない遠い異世界への嫁入りです。
 もはや両親の住む故郷に帰ることは不可能に近い。かなり思い切った選択です。
 この選択について女性読者はどう思うのか、聞いてみたい。
(そういえばモウナの母親は登場しなかった。亡くなったのでしょうか。)

 子ども向け翻訳ではハッピーエンドに改変することが多いというイメージがあるのですが、野田開作さんはあえてモウナは地上世界のヘッドリーに嫁入りしないという改変を行いました。
 野田開作さんにはどんな意図があったのでしょうか。
 子ども向けには結婚は生々しいのであえて結ばれずに楽しかった思い出にするということなのでしょうか。
 それとも、故国や両親を捨てるべきではないという野田氏の倫理観によるものなのでしょうか。
 実は私は先に野田版を読み、後から完訳版(大西版)を読みました。
 先に記したように、完訳版の冒頭を読んだ時、私は非常に不吉なものを感じました。
 だから原作では3人は帰って来ないアンチハッピーエンドになっていて、野田版はハッピーエンドに改変したのだろうと思っていたのです。
 ところが実は原作の方がよりハッピーエンドだったという。
 そういえばヴェルヌの『八十日間世界一周』でもフィリアス・フォッグ氏はお嫁さんを連れ帰っていますね。
 異国から嫁を連れ帰るというのは植民地時代の西洋列強からすれば勝利の証ということだったのでしょうか。

 さて、野田版では省かれたエピソードですが、完訳版で中途半端に終わったエピソードがあります。
 海底都市は階級制となっており、奴隷階級というのがあります。
 マラコット一行の技師・スキャンランは海底都市の機械工・バーブリックスと仲良くなります。
 そのバーブリックスが奴隷階級の娘と恋愛関係となり、赤ちゃんが生まれます。
 海底都市では市民階級と奴隷階級の恋愛はご法度となっており、赤ちゃんができれば生け贄とする決まりとなっています。
 それに抵抗するバーブリックスやマラコット一行と海底都市の人々との間で騒動が起こるのですが、パール・シーバとの戦いが始まってそれどころではなくなります。
 その後すぐマラコット一行が地上に帰るのですが、赤ちゃん騒動はその後どうなったのでしょうか。
(その件につきましては、氷川瓏版において加筆されて一件落着しています。   氷川瓏&柳柊二版『マラコット深海』 で紹介しています。)    そういえば海底都市の宗教は生け贄を要求する物騒なもののようです。最初の頃、宗教施設とちょっとしたトラブルがあります。文明国家のような海底都市に奴隷制や生け贄宗教とは少々物騒ですね。

 最後に、マラコット博士は海底王国に再訪計画を立てていると記されています。結婚したスキャンランは乗り気でないようです。では、ヘッドリーはどうなんでしょうか。奥さんのモウナは里帰りして父親や故郷の人々と再会したいのではないでしょうか。ここは奥さんのためにも、妻の故郷に一度挨拶に行かなければならない状況だと思うのですが。

 で、本作は終わり方があまりにも唐突過ぎると思うのです。
 本作もマラコット博士シリーズもそうですが、コナン・ドイルはもっと作品を描き継いでほしかったと思います。

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