版違いや完訳版と読み比べるとより面白い!【ぬすまれたタイムマシン】カミングス
レイ・カミングス作
時間ちょう特急 南山宏・訳 伊坂芳太良・絵 エスエフ世界の名作17 1967年
時間けいさつ官 南山宏・訳 伊坂芳太良・絵 SFこども図書館17 1976年
ぬすまれたタイムマシン 南山宏・訳 御米椎・絵 冒険ファンタジー名作選5 2003年
【あらすじ】
西暦7012年、大科学者のパウル老人はついに時間旅行の方法を発見しました!博士は塔の形をしたタイムマシン「時間塔」を発明し、時間旅行をするのでした!
しかし1925年を訪れた時、ウォルフ・ターバーという青年が密かに時間塔に乗りこみ、密航していたのです!
有能なターバーはパウル博士の助手となって博士を助けていたのですが、ついに悪人の本性を表しました!博士の息子を殺害して時間旅行の秘密を盗み取り、時間塔を上回る性能を持つ「時間ロケット」を制作して逃亡してしまったのです!
博士の孫のサンとリアは復讐のため時間塔でターバーを追いかけます!1962年の世界でこの争いに巻き込まれた三人の若者・アランとエドワードとナネットはサンとリアを助けるのですが、逆にターバーにリアとエドワードが囚われてしまいます!
しかもターバーは単なるコソ泥ではありませんでした!もっとスケールの大きな悪人だったのであります!色々な時代から強い悪人達を寄せ集め、2445年のニューヨークに悪のターバー帝国を建設していたのでありました!
世界征服を目指してターバーはニューヨークに宣戦布告をし、攻撃を開始します!!果たして世界の平和は守れるのでありましょうか!!!
本作品の原題は「The Shadow Girl」といって、1929年出版のようです。1929年というと、まだ第二次世界大戦が始まる前です。
著者のカミングスは1887年~1957年の人。
カミングスは1929年の時点で本作品においてスケールの大きな未来社会を大胆に想像しています。
それによると、西暦5000年まで科学文明は発展していきますが、そこから衰退に向かっていくようです。
西暦7012年には自然環境と科学が共存した程好い時代になったという設定です。
そして2445年の世界は人類は平和的に共存し、戦争はなくなったために兵器もなくなっています。
そこにターバーは帝国を建設し、世界征服に乗り出すわけです。
アドルフ・ヒトラーは1889年~1945年で、世に出るのは1933年に首相に指名された時だとすると、本作品はその前に出版されています。
ウォルフ・ターバーはヒトラータイプの独裁者の出現を予言した存在と言えます。
ターバーは天才的な頭脳を持っていますが、一方では野蛮性や凶暴性も持っていて、見かけは野獣のようだとされています。
つまり、コナン・ドイルが想像したチャレンジャー教授を悪に反転させたようなキャラ設定でもあります。
パウル博士が発明した人類初のタイムマシンは塔の形をしています。ウェルズが発明したような小型のものではありません。一体何でそんなに巨大になったのでしょうか。まあ色々な機能が必要なため、どうしてもこれくらいの大きさが必要だったのかもしれません。
ターバーは飛行機として移動できる改良型を作成しました。よってまだまだ色々と改良する余地があるのかもしれません。
本作品で、タイムマシンが時間移動する様子がタイムマシンの中からも外の時代からも描かれています。インスピレーションを刺激されるような面白い描写です。この記述を読んでいると、いわゆる「UFO」は実はタイムマシンで、別の時代からこの時代を観察するために来ているんだよ!という仮説もあり得るのではないか、と思ってしまいました。(確かそのような仮説は色々な方々が主張しているはずです)
……とこの作品、発想に面白い面があるのですが、物語としては都合が良すぎる展開で、流れとしてはギクシャクしてつながりにくいな、と思いながら読んでいました。
時の塔 川口正吉・訳 早川SFシリーズ 3212 1969年
本作品の完訳版(川口正吉訳・ハヤカワSFシリーズ)も出ていました。図書館の電子図書であったので、借りてみて読んだところ、流れがつながらなかった部分の記述があり、自然な展開でつながりました。
大人の目で読むと、本作品の子ども向け縮約版(南山宏訳)は少々省略が多すぎて単純化され過ぎていて流れが都合良すぎる気がします。それは原作が色々な時代を行き来して展開が早いためでしょう。
完訳を読むことで本作品を本当に楽しめると思いました。
しかしそれは子ども向け縮約版が有害だということを意味していません。
本書の読者対象である小学生の立場では、完訳版はまどろっこしいし残酷な描写もあります。
小学生の時代には原作を細かく読むよりも、省略を含んだ形で読んで空白を想像するくらいの方が良いのではないでしょうか。
そして成長してから小学生時代に楽しんだSF作品の原作を完訳で読む、これがSFの幸せな楽しみ方ではないでしょうか。
残念ながら子ども時代に縮約版を読んでいなかった大人の人は、この過程を圧縮して、先に縮約版を読んでから完訳版を読む。完訳版を読む前に縮約版で予習をしておく。縮約版と完訳版を読み比べる。これが大人になってからのSFの幸せな楽しみ方だと私は思います。
南山さんはほぼ忠実に原作を縮約されていますが、一部気が付いた違いをメモしておきます。
アラン達がターバーの病院からリアを救い出す際に手伝ってくれたチャーリーという入院患者がいるのですが、南山版では盲腸手術で入院して退院間近の子どもということになっていました。原作では親に強制入院させられたと思っている青年です。精神病で強制入院というのは生々しいし、子どもが読む本なので子どもが出る方が良いということなのでしょうか。
また、未来社会で出会うタイムマシンの発明者パウル博士の孫・リアとサンは抄訳版では兄と妹でしたが、完訳版では弟と姉の関係です。
また、完訳版ではターバーの元愛人のジョーゼファという女性が登場するのですが、抄訳版では登場しません。
また、完訳版では2445年のニューヨークでターバーは世界征服に着手し、戦争を始めます。南山版ではターバーの組織はこぢんまりしたものでしたが、原作では本格的な軍隊を持った一大勢力です。その軍隊が侵攻を開始して三日三晩に渡る戦争が行われます。まだ第二次世界大戦前の時代の作品なので、この時代の戦争は白兵戦中心です。抄訳ではカットされましたが、完訳版では詳しく描かれていて、残酷な描写もあります。また、主人公コンビのアランとエドがターバーの基地に乗りこんでターバーと直接対決するという活劇もあります(この状況で無事帰還できたのは主人公補正か?)。
なお、この活劇の際に手続きを行う司令官の名はヴァン・ダインです。
本格ミステリーの大家ヴァン・ダインはカミングス(1887年~1957年)の同時代人のようです。
[wikipedia:S・S・ヴァン・ダイン](1888年~1939年)
更に、アマゾンカスタマーレビューでは、南山版が当時の科学の進展に合わせて書き直した部分があるということが指摘されています。
そういえば、南山版では「時間塔」は起動時に
「ビュビュ、ビュビューン」
等と(毎回少しづつ違う)音を発することになっています。
こういう擬音語が入るのは子ども達にとって面白いものだと思います。
なお、私がビュビューンから連想したのは「超神ビビューン」(1976年7月~1977年3月まで全36話)です。南山版の初版が発行されたのは1967年だから「超神ビビューン」とは関係ありませんでした。
[wikipedia:超神ビビューン]
……という風に、抄訳と完訳を読み比べるのは大人になった時の素敵な楽しみ方と言えるのではないでしょうか。
本作品を子ども時代に岩崎書店の南山宏版で楽しまれた方も多いはずです。そのような皆様、この機会に南山版を再読し、ついでに完訳版を読んで読み比べてみてはどうでしょうか。
ところで本作品のタイトルの原題は「The Shadow Girl」ですが、日本では色々なタイトルになっています。
最初「エスエフ世界の名作」(赤い表紙版)で『時間ちょう特急』として出ましたが、次に「SFこども図書館」(黄色い表紙版)で『時間けいさつ官』と改訂されました。
2003年に絵を変えて改訂されて出た「冒険ファンタジー名作選」では『ぬすまれたタイムマシン』となりました。
3つの版で3回タイトルが変わっているという数奇な運命です。なお、完訳版では『時の塔』です。
「影の女」と直訳すればSFらしくなくてミステリー風になります。
タイトルについて色々考察するのも面白くなりそうです。
ただ、「時間けいさつ官」というのはどうでしょうか?これならタイムパトロール的な物語を想像しますが、そんな作品ではないし、アランもエドも警察官ではありません。
赤版から黄版に改訂する際、多くの作品が改題されています。
『時間かんし員』が『次元パトロール』と改題されたのは適切だったと思うのですが、本作品の改題はまずかったのではないでしょうか。
次元パトロール タイム・パトロールではありません
https://sfklubo.net/manyworlds/
そして2003年の改訂版では絵が変わっていますね。今の絵はこんなタッチが主流なんですね。旧版の絵は今風ではないのですが、味があります。伊坂芳太良という方は高名なイラストレーターのようです。
最後に、アランとリアは結婚します。時代を超えての結婚です。
これ、戸籍関係はどういう処理をしたのでしょうか。西暦7012年の法律では過去の時代の人間との結婚は可能なのでしょうか?……と現実的な法的手続きのことを考えると眠れなくなっちゃう。
そしてリアは時々実家に里帰りしているのでしょうか?(2023.10.09)
異世界間の結婚問題 『マラコット深海の謎』
https://sfklubo.net/the_maracot_deep/
(なお、アイキャッチ画像は SF美術館 様から拝借しました。)
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