ジュール・ヴェルヌが描いた「株の運用で大儲けする方法」!『黄金の流星』
● ● ● ● ● あらすじ ● ● ● ● ●
アメリカ合衆国バージニア州に住むゴードン青年とジェニー嬢は愛し合い、結婚を予定していました。
ところが空に流星が現れる!地上に莫大な富をもたらすはずの黄金の流星は二人にとっては不幸をもたらす凶星となったのです!
アマチュア天文家である二人の保護者は黄金の流星の最初の発見者の地位を巡って壮絶な争いを繰り広げます!!
やがて争いは黄金の所有権を巡って国家間の争いにまで発展したのでした!!
結婚どころではなくなった二人のその後はどうなるか!
スタンフォートとウォーカーというもう一組のカップルも登場してしっちゃかめっちゃかの人間模様が展開します!
そんな天下騒乱の中、パリに住む在野の天才科学者・クシルダールが満を持して悠々と登場!!
彼が発明した「クシルダリウム」の作用により、事態は思わぬ展開に……!!!
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宇宙には数多くの彗星が周っていて、いつ地球に近付くかは直前まで分からないそうです。
かなりの大きさの彗星が宇宙規模で見ると地球と紙一重の距離を通り過ぎていた、ということもよくあることのようです。
実際、地球の大気で燃え尽きるくらい小さい隕石は毎夜のように降っているようです。
それなら、もう少し大きな隕石が落ちてきたらどうなるか?もっと大きな隕石がぶつかったらどうなるか?
「杞憂」ではない、現実に起こり得る危機です。
……と、マイナス思考ならぬ最悪思考の私は毎日杞憂しているわけですが。
今回の作品で主題となるのは、黄金でできた彗星です。
本書の解説を書かれている辻光之介先生によると、宇宙では金は希少な金属だから、金でできた彗星はあり得ないだろうということです。
また、遠くからやってきた彗星が地球の引力に捕らえられて地球を回り出すということも現実には不可能だろうということです。
さて本作品には色々な人物が登場します。主要な主人公的人物はディーン・フォーサイスとシドニー・ハドルソン博士という二人の素人天文学者です。その他に家族やら同居人やら色々な人物が絡んできてドタバタ喜劇を演じます。
フォーサイスにはゴードンという甥がいます。ゴードンは早くに両親に死に別れ、おじのフォーサイスに育てられ、駆け出し弁護士として活躍されています。
ヴェルヌ作品はなぜかフランスを舞台にせず外国を舞台とすることが多いのですが、本作品の舞台はアメリカという設定です。
アメリカのゴードンといえば、『十五少年漂流記』に登場したゴードン少年を思い出します。
私としては、チェアマン学校への留学からアメリカに帰国したゴードン少年のその後というつもりで読んでいます。
さて本作品でヴェルヌが考案した科学的ガジェットは何と
「クシルダリウム」!
在野の天才的マッドサイエンティストであるゼフィリン・クシルダール(フランス人)が発明した訳の分からない装置です。
どうやら反射鏡と真空管とコイルとでできているようで、ラジウムの百倍もの放射能を持っているようです。
反射鏡を空に向けてスイッチを入れると彗星を引き寄せたり遠ざけたりできるという「な……、なんだって~~~!」な装置であります!
この作品の執筆同時、放射能の科学的性質がトピックになっていたようで、ヴェルヌも早速ネタにしたようですね。
ただ、少し考えると分かるのですが、放射能には物体を引き付ける力はありません。解説者の辻先生によると、この装置の技術も「不可能なことでしょう」と書かれています。
しかし、ヴェルヌが作品で放射能を取り上げたということはすごいことです。
ヴェルヌの生年・没年は1828年~1905年(享年77)。
1895年 レントゲン博士がX線を発見(ヴェルヌ67歳)
1898年 キュリー夫妻がラジウムを発見(ヴェルヌ70歳)
ヴェルヌは亡くなる直前まで最新の科学的発見を勉強していたんですね。
もう少しヴェルヌの放射能研究が進展して本格的に取り上げていたら、果たしてどんな作品を描いていたのでしょうか。
[wikipedia:X線]
[wikipedia:ラジウム]
[wikipedia:ジュール・ヴェルヌ]
ヴェルヌは科学的に実現可能なことを描き、H・G・ウエルズは実現度外視で描いた、というような記述を読んだことあります。旺文社文庫の橋本槙矩さんの解説ではウェルズは自分の作品のジャンルを「SR(サイエンティフィック・ロマンス)」と呼んでいた、というようなことが書かれていたことを、小学生時代に読んだ私は記憶しています。
『月世界最初の人間』ではケイバーリットという反重力物質を使って月に行きます。このケイバーリットとは何か、実現可能なのかということなのですが、「クシルダリウム」もそれに似たような機械ですね。
ということは本作は、ウェルズ的SRにヴェルヌが挑戦した作品、と言えるのではないでしょうか。
もう一つ、本作品で使われているトピックは「株」。クシルダールの後見人となっている銀行家のロベール・ルクールがクシルダールの行動を利用して株を運用し、大儲けします。
今で言う「インサイダー取引」のようなものです。勤勉な日本人の視点から見ると、こういう行為をする奴は最後にしっぺ返しを食って罰が当たりそうだと思うわけですが、ネタバレすると大儲けという結果に終わります。
ヴェルヌ先生は株のことにも詳しかったんでしょうね。
検索すると株の歴史については大航海時代に始まるとされています。
日本人に比べると西欧ヨーロッパ人にとっては株は身近なものだったようですね。
さて小ネタなんですが、本作品には日本の記述も少し登場します。
黄金の流星が地球に落ちそうだということでフォーサイスとハドルソン博士が計算した結果、一人は日本の南に落ちると計算し、もう一人はアルゼンチン南部のパタゴニア地方に落ちると計算したのです。
結局「クシルダリウム」の作用で結果的にどちらの計算も間違うことになるのですが。
しかしヴェルヌが日本の名を出してくれたというのは嬉しいですね。
確か『征服者ロビュール』でも一瞬日本上空を通過しています。
ジュール・ヴェルヌの空飛ぶ戦艦 主人公の名はロビュール?
ヴェルヌの生年は1828年。文政11年でシーボルト事件の年。
大政奉還は1867年。ヴェルヌ39歳の年です。
日清戦争は1894年。ヴェルヌ66歳。
そして日露戦争が始まった1904年の翌年にヴェルヌは没しています。
日本が富国強兵で欧米列強に挑んでいた時代だったのですね。
ヴェルヌは日本をどう見ていたのでしょうか。
そしてヴェルヌがもう少し長命だったら、日本を舞台とする小説を描いていたかもしれませんね。
ところで塩谷太郎さんは巻末解説で本作品は
「日本ではこの本ではじめて紹介」と書かれています。
ウィキペディアには塩谷太郎さんはドイツ語や英語からの翻訳が主だと書かれています。
本作品はヴェルヌのフランス語原書から翻訳されたのでしょうか。
それとも、英語版やドイツ語版からの重訳なんでしょうか。
それはともかく、少年少女向けの全集ながら本邦初訳の作品をラインナップに加えるとは、偕成社さんもなかなかの選択です。しかもその後も本作品の翻訳は出ていないようだから、貴重な一冊です。
なお、本書の挿絵は小野木学という方。独特のユーモアを感じさせるタッチです。
[wikipedia:塩谷太郎]
[wikipedia:小野木学]
なお、本作品は同じ塩谷太郎訳版で中二時代1970年11月号の別冊付録になっていたようです。
当時は学年別雑誌で別冊に読み物がつくという素晴らしい文化があったようですね。
しかもメジャー作品ばかりでなくこんな埋もれた名作も紹介されていたとはすごい。
中二時代といえば旺文社だから、旺文社文庫で幾つかのヴェルヌ作品をまとめて文庫化して下されば良かったのに。
学年誌付録小説リスト
http://mysterydata.web.fc2.com/GF/EW/GF_EW_au.html
なお、本作品はアガサーチでは【ヴェルヌ作と言われている作品】として挙げられています。
アガサーチ ジュール・ヴェルヌ
https://www.aga-search.com/writer/jules_verne/
また、ウィキペディアにはこういう記述があります。
[wikipedia:ジュール・ヴェルヌ]
『黄金の流星』(『流星の追跡』 )La Chasse au météore (1901)
作者の生前は未刊行。死後の1908年に修正版が刊行。1986年にオリジナル版が刊行。
1901年というと、ヴェルヌが死亡する4年前の作品のようです。死後に修正版が発行ということは、『砂漠の秘密都市』と同様にミシェル・ヴェルヌが関与しているのでしょうか。
本作品にどれだけミシェルの手が加わっているのか分かりませんが、ともかく死の4年前にも本作品のような明るく元気な雰囲気のドタバタ作品を描いていたとは、ヴェルヌも気がお若い。後期のヴェルヌ作品は暗くなったというイメージがありますが、どうしてどうして本作品はかなり健康的です。本作品も再評価され、復刊されるか新訳が出るかの価値はあると思います。
(2021.09.23)
【追記】
ツイッターで日本ジュール・ヴェルヌ研究会様からコメント頂きました。
こんにちは。この作品は息子のミシェルが大幅に書き直していて、「クシルダール」は元の原稿には出てこないんですよ。ミシェルの創作です。
— 日本ジュール・ヴェルヌ研究会 (@sjev_tw) September 25, 2021
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