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世界は今でも落とし穴がいっぱい【おとうさんがいっぱい】三田村信行


 ★おとうさんがいっぱい
  三田村信行・著  佐々木マキ・画
   理論社ロマンブック 1975年5月

 以前『遠くまでゆく日』を読んだ時、本書を知りました。
 ユーモア調のタイトルと表紙だったので、ユーモアナンセンスの面白い笑える娯楽作品ではないかと想像していたのですが、全く逆でした。これは驚きますよ。
 本書には5つの短編作品が収録されています。簡単なモチーフを記しておきます。皆様はこういう素材からどのような展開と結末を想像されるでしょうか。

        

a ゆめであいましょう(1967年『蜂起』2号)
 ミキオは夢の中で見覚えのあるような家を見た。その中に入っていくと、家族に囲まれた赤ん坊がいた。次の日見た夢ではその赤ん坊は幼児に成長していた。毎日夢をみるごとにその子は成長していき、やがて……。

b どこへもゆけない道(1967年『蜂起』2号)
 ある日ぼくは駅を出てからいつもの道と違う道を通って家に帰った。ところが家には父も母もいなかった。いつもと違う道を通ったのが悪いのだと思い、駅に戻っていつもの道を通って帰ると今度は家が消えていた。もう一度駅に戻って今度は全く知らない道を通って家に帰ると……。

c ぼくは五階で(1966年 未発表)
 ナオキは学校から帰ってきて友達と野球に行こうとした。ドアを開けるとまた家の中に戻ってきた。501号室から出ようとして色々奮闘するが……。

d おとうさんがいっぱい(1965年『児童文学者』1号)
 ある日突然、トシオのお父さんが3人になった。それは日本各地で同時多発した不思議な現象であった。日本政府が対応に乗り出すが……。

e かべは知っていた(1965年『児童文学者』2号)
 ある日カズミ少年のお父さんは壁の中の異次元空間に入ってしまう。お父さんと会話できるのはカズミ少年だけ。カズミとお父さんの不思議な生活は続いていくが、やがて……。

 さてこういう方向性を与えられて、皆様はどう結末をつけられるでしょうか。
 私は子ども向けの本なのでまさか悲劇では終わらないだろう、ナンセンスユーモアの方向性に違いない、夢だったとか何とか解決してめでたしめでたしで終わるのではないか、と思いながら読んでいたのですが、その期待は見事に裏切られてしまいました。おいおいこんな結末でいいんかい!というもんです。

 これらの作品では主人公はある日突然、異次元のポケットに落ち込み、元の世界に戻れなくなってしまうのです。そういう方向性では、佐野美津男さんの作品と通じるところがあります。

日常と地続きの不思議世界を描いた作品集
 【原猫のブルース】佐野美津男 
   http://sfclub.sakura.ne.jp/sano02.htm

 例えば「どこへもゆけない道」では、主人公はいつもと違う道を通って家に帰ろうという好奇心を発揮したために異次元空間に迷い込みました。純情な子どもがこんな怖い話を読むと、いつもと違う道を通るのが怖くなるのではないでしょうか。普段生きている世界と地続きの異次元世界。それを思うと日常生活が恐怖に満ち溢れていきます。

          

 私は幼い頃、絵本だか「めばえ」だか「幼稚園」とかでサンタクロースの話を知った時、サンタクロースなんかいるわけない、寝ている間に親か誰かが置いてくれてるに違いない、と看破しました。まあ現実的な思考だったわけです。
 ところが超常現象だとかオカルトといった方面には弱くて、どうしても信じてしまいます。
 四次元世界の存在も本気で信じていて、物がなくなった時は
「きっと四次元世界に消えたんだ」
と普通に思っていました。
 中学生の頃に航空機が行方不明になったというニュースを知った時は、
「四次元世界に消えたに違いない!ついに四次元の存在が証明されたんだ!!」
と思ったくらいです。
 こんなに四次元世界を信じていても、自分が四次元世界に紛れ込むことは想像できませんでした。まあ他人事だったのです。
 しかしもし本作品を読んでいたらいつ自分が当事者になるか分からないと思って、非常に怖く思ったはずです。いわば本作品は四次元世界を他人事ではなく自分事として考えるきっかけを与えかねない作品なのです。

 それは「おとうさんがいっぱい」が最も顕著です。
 おとうさんが増えただけで終わると、所詮は他人事です。怖いけど面白かった、で終わります。いわば傍観者的立場に終始できるわけです。
 ところが最後に自分自身が増えて、今度は自分が当事者になってしまうわけです。
 傍観者の立場から当事者の立場に転換する。これは怖いですよ。

                  

 子ども向けの本として描かれたこれらの作品には一体どんな意味があるのでしょう?
遠くまでゆく日』(1970年)を読んだ時、前半が重苦しい展開だったのですが後半は一転して楽観的で明るい展開になったので、私は三田村さんは楽観的で明るい作品を描く方だと思っていたのです。
 本書の1975年初版の「あとがき」で作者はこう書いています。

「良かれ悪しかれ、これら五つの作品はぼくのいわば出発点に当たるものなのですから。
 これから先、時間はかかるでしょうが、ぼくは、これらの作品が自分自身につきつける意味を考え、これらの作品を相対化し、これらの作品のモチーフをもっと深くもっと厚みのある世界で再び展開していかなければならないでしょう。それを、これからの自分の責任だとぼくは今考えています。」

 三田村さんがこう書かれてから既に50年近くたとうとしています。その後三田村さんはどのような作品を描かれたのでしょうか。気になります。
 本書のフォア文庫版には巻末に「不思議な迷路ゲーム」という野上暁さんの解説が収録されています。それには、三田村さんの他の作品にも言及があります。
 本書の原版が最初に出版された(1975年)翌年、『オオカミがきた』というこれまたショッキングな作品が発表されたこと。1980年に『風を売る男』が刊行されたこと。近作の『ドアの向こうの秘密』や『オオカミのゆめ ぼくのゆめ』はこれらの延長線上にある作品集だということ。
 この辺から読んでいけば良いのでしょうか。

            

 本書については覚えている方は多いようで、ネット上には色々な感想や批評があります。
 その中で、児童文学作家・作家・評論家である上野瞭さんのレビューは鋭い。

児童文学書評 おとうさんがいっぱい 上野瞭
  https://www.hico.jp/

 このレビューが決定版とも言えそうですが、もちろん解釈は人それぞれであり、正解は一つとは限りません。今後も我々読者は自分なりの解釈を考えて楽しめばいいのです。

 本書が発行された時代の日本は高度成長期であり、世界の中で経済大国となりつつありました。国内の生活も平和主義や戦後民主主義が尊重されており、生活も安定しており、明日の生活にも見通しが立てられたのではないでしょうか。
 しかし21世紀になった現在、世界を見渡せば、未だに戦争がなくなることはありません。戦時下では突然の死という不条理にいきなり見舞われても不思議ではありません。
 そして実は日本でも、他人事ではないのです。
 突然の事件や事故や災害に巻き込まれた人は、本書の登場人物達と同じように日常生活から不条理な世界に転落するのです。
 それは突然の発病かもしれません。

 本作品は一見するとSF・ファンタジー・シュール・前衛的・不条理をまとった空想的な作品だと思えるのですが、一方で、夢野久作が描くような狂気の世界のようにも思えるのです。
 夢野久作には精神病者が語る異常な物語が幾つかあったように思えます。
 本作品集も、それと似たような、精神病者が語る異常な体験談という風に解釈できないでしょうか。

 21世紀の現在、精神的なストレスにあふれています。発狂してしまうまではいかなくても、うつ病や神経症、或いは精神的な問題で悩まされている人も多いのではないでしょうか。
 例えば『おとうさんがいっぱい』は、代替可能な部品と化した人間の不安です。
 相思相愛の関係だと思っていたのに二股三股交際のうちの一人にすぎなかったとか、浮気されていたのが分かったとか。
 或いは、他社のリストラを他人事だと思っていたら自分もリストラ対象になったとか。
 メンタルな問題は決して他人事ではなく、いつ自分が直面するかもしれない自分事の問題であります。そう考えると、本作品で描かれている物語は決して他人事ではありません。 

 そんなことを書いている私自身も実は精神の異常により突然日常生活を奪われ、不条理な世界に転落してしまったのです。対人関係の重圧に耐えられずうつ病になりそれに対抗するために無理に躁状態を演出しているうちに本当に異常な精神状態に陥りました。それに伴い文庫本で古典名作の完訳をバリバリ読んでいた読書好きだったはずなのに、細かい字で分厚い内容のある本が全く読めなくなってしまいました。根が真面目な優等生タイプだったため、ちょっとしたスランプだ、早く抜け出そうと『ぼくは五階で』のナオキ少年のように様々な工夫をし悪戦苦闘を続けても結局抜け出すことはできず、私自身も私の家系も未来を奪われてしまったのです。

  

 さて本書は、佐々木マキさんの挿絵が入っています。
 四次元世界をイメージするかのような不思議な感じを抱かせる絵です。
 この挿絵がまた、本作品の世界観にマッチしています。
 佐々木マキさんの他の作品も見たくなります。(20231129)

       

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