「不明・不安・不穏」な冒険!杉山径一【地の底へ行くんだ】誰が行くんだ
★地の底へ行くんだ (小峰書店 創作童話・7)
杉山径一 (著) 小林与志 (イラスト) 小峰書店 (1973/1/1)
★ ☆ ★ ☆ あらすじ ★ ☆ ★ ☆彡
ある朝、一平くんが目覚めると、ふとんのエリに土方さんから来た手紙が縫い付けられていました。それを読むと、一平君と再会したいので現在住んでいるところに招待してくれるというのです。
土方さん一家とは、一平くんの現在住んでいる家の押し入れの中に穴を掘って住んでいた家族です。一平くんのお父さんとの交渉が決裂して押し入れの穴をセメントでふさいでしまったので、土方さん一家はどんどん穴を掘り進むことになったのです。
一平くんは、案内人の運平さんに連れられて地下の世界に向かいます。ところが地下の世界では政治的な動きがあり、大きく変わる激変期だったのでした。この激変期に地上からの訪問者・一平くんは巻き込まれていきます。果たして、地下の世界はどうなっていくのでしょうか。そして、一平くんの運命は……?
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆彡
以前『おかしの男』を読んだ時、本作品を「昭和アングラ児童文学」と紹介しているブログを拝読しました。一体どういうことだと気になって図書館から借りてきました。
いや~ほんまにアングラですわ。ちょっと意味が分からない。
そもそも何で土方さん一家は穴を掘って地中に住んでいるのか。そして土方さん一家と一平くん一家(桑原家)との交渉はどう進み・どう決着したのか。地中の世界とは何なのか。
よく分からないまま一平くんと一緒に冒険に巻き込まれてしまいます。
状況が分かっていると納得できて安心できるという面があります。しかし本作品の場合、状況がよく分からないまま連れ回されるので不安なんです。
しかも、案内人の運平さんも知らない間に地下の世界では政変が起こっていました。運平さんにも事情が分からないようで、一平くんを置いたまま先に行ってしまいます。心細いことこの上ない。冒険というより迷子状態です。読者は何が何だか分からないまま、主人公の一平くんと共に「不明・不安・不穏」な世界へ巻き込まれていきます。
どうやら地下の世界では政変が起こり、近代化の波が押し寄せているようです。
大穴里(おおあなざと)と呼ばれていた集落が根本国(コンポンこく、ネホンこく)と名乗り、改革を進めていきます。土龍大明神(もぐらだいみょうじん)さまや大穴八幡大(おおあなはちまんだい)ぼさつさまがあった地域も近代的建築物が建造されていきます。
それに対して、今までのままの方がいいと変化を受け入れない運平さんらが抵抗するわけです。
近代化とそれに対する抵抗は日本に農業が入ってきて以来、繰り返されてきた出来事ですね。地下の世界で起こっている出来事は日本の歴史の縮図そのものです。
それなら、地下の世界の人々は地上の世界に対してどう思っているのでしょうか。
地下の世界の住人も早野運平だとか古沢陽子だとか、地上の世界の人と同じような名前を持っているのが不思議です。彼らは地上に出たいとは思っていないのでしょうか。
運平さんは地上と地下を行き来して地下の人と地上の人の間を取り持っているようです。
一方、地上の世界を捨てて地下の世界にやって来た土方さん一家は目が退化して明るい光を見るのが苦痛になっています。土方さん一家はもう地上には戻れないでしょう。
俗に言う言葉で「地下に潜る」とか「地下活動」という言葉がありますね。
私は本作品に登場する地下世界の人々はこういった言葉を文字通り戯画化した存在のようだと思えるのです。
地下に潜った人々も各々の事情があります。決してみんな仲良くの楽園ではないのです。
しかし、根本国の近代化・独裁化が進めばやがて地上世界への野望が現実化するかもしれませんね。
根本国の方針に納得しない運平さん達や土方さん一家は「だんまりが原」にある「おそれ穴」に入っていくことに決めました。地下にある世界の、さらに下に向かう穴です。タイトル通り、「地の底へ行くんだ」です。タイトルは運平さん達のことを表したものだったのでしょうか。
ところが、yamada5様はタイトルの二義性について指摘しています。
「『地の底へ行くんだ』は、『(あいつらは)地の底へ行くんだ』とも『(ぼくは)地の底へ行くんだ』ともとれます。『けむりの家族です』も同様です。読者はふたつの解釈のあいだに宙吊りにされてしまいます。」
児童書読書日記(仮)
『地の底へ行くんだ』(杉山径一)
https://yamada5.hatenablog.com/entry/20210422/1619093380
「あとがき」で作者の杉山さんは、一平くんのその後について記しています。
彼はシャベルを買い、サイクリングするようになったということです。
もしかしたら一平くんは根本国のその後を知るために再訪したいと思っているのかもしれません。
そうすると yamada5様の言う通り、タイトルは一平くんの決意を表したものとなります。
本作で描かれる事件に関して、主人公の一平はたまたま地上から訪問していて巻き込まれます。しかし後に地上に帰ることができ、当事者ではありません。いわば見学者であります。しかしその後の人生を変えるきっかけになっており、確実に言動に変化は表れています。
これは本や記録で歴史を知ったり、フィールドワークによる取材で過去を知る体験と共通点があると思います。
地上に住む人間のうちで一平くんだけが知ることができた地下の世界の出来事。
一平くんの今後の人生にどう影響していくのでしょうか。
「あとがき」も読みごたえあります。
作者の杉山さんは本作の執筆意図について以下のように書かれています。
「初めの意図はかなりに“壮大”なものだったのです。日本国の全歴史、全領域の地下にわたって、濃密な闇の世界を存在させてやろう――というほどの意気ごみだった」
よくは分かりませんがとにかくすごい構想だ。その後この構想はどうなったのでしょうか。もしこの構想が続けられていたらアシモフや田中芳樹の某長編シリーズのような壮大なシリーズになっていたのではないでしょうか。
何より私はその後の根本国がどうなったのか気になります。
私自身が地底世界への関心をかき立てられました。
私自身が「地の底へ行くんだ」状態です。『(読者も)地の底へ行くんだ』とも解釈できます。
ということで、私自身が続編を想像し、描いてみたい気がします。
(なお、表紙画像は こちら から拝借致しました。)
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